宿泊施設のサブスクリプションサービスにChatGPTを活用したAIコンシェルジュを導入 東急株式会社

今回は、ChatGPTを活用したAIコンシェルジュサービスを取り入れている、東急株式会社のホテルサブスクサービス『TsugiTsugi』のプロジェクトリーダーを務める川元一峰さんにお話を伺いました。

宿泊サービスに生成AIを導入したきっかけやその効果など、特に観光・宿泊業界で生成AIの活用・導入を考えている方にとって貴重なお話いただきましたので、ぜひご覧ください。

プロフィール

2011年に東急㈱に入社し、予決算や税務申告、経営計画策定を担当。東急沿線のCATV局やホテル運営会社の事業構造改革を歴任。2021年より東急社内起業家育成制度にて「TsugiTsugi」を立ち上げ、現在は全体企画やマーケティングを担当。

プラットフォームのサービスアップを図るためにChatGPTを導入

Q:宿泊サービス「TsugiTsugi(ツギツギ)」に生成AIを導入した背景を教えてください。

A:私たちが提供している「TsugiTsugi(ツギツギ)」は、宿泊施設のサブスクリプションサービスです。定額の利用料をお支払いしたお客さまは、「TsugiTsugi」が提携している全国の宿泊施設を期間内、自由に利用できます。東急(株)グループの施設以外にも、様々なホテルチェーンや独立系ホテルなど、140以上の宿泊施設(2024年4月17日現在)を利用できるようになっています。

私たちのような観光宿泊産業が抱える課題として、予約や手配の段階で顧客が離脱してしまうことが挙げられます。

何となくどこかに行きたいなと思って旅行サイトを見るまでは手軽ですが、いざ予約するとなると、つまずくポイントがいくつかあります。時期による料金の変動や混雑状況、飲食店の予約の可否、交通手段の利用コストや渋滞などを考えて時期の調整に悩む方がいます。他にも、さまざまなエリアや施設、プランの中から考えることが面倒になって離脱してしまいます。

ー確かに、ものすごく共感できますね。

A:あるあるですよね。このようなユーザー心理を考慮して「TsugiTsugi」のサービス上ではスマホで10秒で予約できるような仕組みを作っています。ここでは「TsugiTsugi」が厳選した施設のみを提案しているため、いろんなプランから選ぶ必要がありません。また、多くの人がクレジットカードを手元に持っていなかったり、セキュリティコードがわからなくなったりして、予約を断念することがあります。しかし、私たちのサブスクサービスでは、購入時にすでに個人情報や決済情報を収集しているため、追加の入力なしに予約が可能です。これにより、面倒な比較や入力を省くことができ、ユーザーから高い評価をいただいています。

このように、ユーザーが旅行を諦める様々なポイントを着々と解決していましたが、どこに行きたいか決められない人にとっては、まだアクションを起こすのが難しい実情がありました。そんな中、2023年3月中旬頃に、話題になっているChatGPTを活用できないかと考え、5月の「TsugiTsugi」の正式事業化までにユーザーの声を反映したサービスアップを図ることを考えました。

私たちのプラットフォームは、宿泊施設とお客さまの双方にサービスを提供するものであり、プラットフォーマーとしての役割も果たしています。これにより、提携施設の露出が増え、様々な施設を推薦することで、お客さまが新しい場所を訪れてみたいという気持ちを持つようになります。このような考えから、旅先をおすすめするAIコンシェルジュ機能を始めようと思ったのが発端です。

GPT-3.5とEmbed APIを使ったシステムを短期で開発

Q:今回のAIコンシェルジュはどのようなモデルを使っているのでしょうか?

A:2023年5月にお披露目したときはGPT-3.5のAPIを使用していました。現在はGPT-4にも対応しています。

Q:どのように開発を進めたのでしょうか?

2023年3月末に計画を立て、5月の「TsugiTsugi」正式事業化に向けて開発期間が短い中で、本サービスに関して、ユーザーが抱える問題やその説明に時間がかかることから、お客さまに声をかけました。このアプローチにより、既にサービスを使用している方々、サービスの問題点や負の感情を理解している方々からの協力を得ることができました。

しかし、このプロジェクトを進めた結果、ハルシネーション(AIが事実に基づかない情報を回答してしまうこと)を起こしてしまうリスクがありました。これでは実際に存在しない宿泊施設をおすすめしたり、航空券を予約したりするなど、利用者にとって大きな問題を引き起こす可能性があります。

当時使用していたGPT-3.5のトークン数の制限や開発の時間やコストを鑑みて、Embed APIを活用して情報をベクトル化するアプローチを採用しました。

具体的には、ユーザーがChatGPTにニーズを伝え、その会話内容からユーザーのニーズを抽出し、embedにかけて既にベクトル化されている宿泊施設やエリアのデータとマッチングさせ、最も近いものを5から10件選出します。その後、別のChatGPTがこの候補からユーザーの好みに合わせて選択した1施設をユーザーに提案する仕組みを構築しました。

AIコンシェルジュはお客さまから大好評

Q:実際のお客さまの反応はいかがでしたか?

ユーザーの反応や話題性を含め、全体的にとてもポジティブなフィードバックをいただきました。宿泊施設の方々も喜んでおり、私たちの提案したホテルや様々なプランによって、実際に多くの場所を訪れたというコメントも多数いただきました。

ハルシネーションで騙された、困ったといったネガティブな問い合わせは今のところ0件で、皆さんがサービスを楽しんで利用していただいていると思います。

ただ、当初はAIを通じた会話で本音が引き出されやすいため、お客さまの具体的な希望がよくわかると思っていましたが、お客さまとAIの会話内容を読み解くのは大変でした。そのため、会話ログを読み込んで、どのような意見がどれだけあるのかを解析するツールを開発しました。このようなツールが別で必要になるくらいに膨大なトーク履歴を人力で解析することは難しく、少し失敗したと感じました。

とはいえ、会話ログを分析することで「おばあちゃんと行きたい」だとか「周遊ルートを知りたい」「観光地を教えて欲しい」といったユーザーの様々な会話を見ることができるので、ユーザーがどのような目的でサービスを利用したいのか分析できているのはいいことだと思います。

Q:本サービスについて今後どのような展開を考えていますか?

A:ユーザーの宿泊傾向や過去の滞在経験をさらに詳細に分析し、個々のニーズに合った提案ができるよう取り組みたいと考えています。

現在は主に会話のやり取りだけで提案を行っていますが、「前はここに行ったよね」「どっちが良かったか」「どういう使い方をしたかった」といった言葉で訊いたり分析できるとマッチング率が上がるのではないかと思っています。

生成AIを活用してお客さまのニーズをさらに深堀り出来るように

Q:予約件数の増加など実際の効果はありましたか?

効果として良かったと思うのは、閑散期であってもユーザーのニーズに基づいた提案ができることです。

例えば、伊豆は海沿いのビーチリゾートとして知られていますが、冬は閑散期になります。しかし、伊豆には温泉も多く、消費行動としては夏に訪れる場所ですが、冬でも温泉目的で訪れる人がいます。AIを通じて温泉の効能や成分に関する情報を提供することで、ユーザーに合った温泉を案内できます。どの温泉が良いか、何の泉質が求められているかを深堀りして聞くことで、ユーザーのニーズに合った温泉施設を提案してくれます。実際にお客さまのニーズに合致していれば冬であっても伊豆のエリアに行ってくれることになります。

このような動きの全てが生成AIによる効果かどうかはわかりませんが、ユーザーがシーズンに関わらず特定のニーズに基づいて行動していることは確かであり、AIによるサポートが効いていると思っています。

ー会話のログも非常に貴重ですよね。

A:現在は個人情報を紐付けずに運用しており、誰がどの質問をしたかを追跡しないようにしています。会社としても世の中的にもセンシティブな部分があるので個人情報は持たせないようにしています。この辺りにもっと踏み込めるようになると会話のログの分類や、どのような層がどのような質問をしているのか掘り下げることができます。もう少し情勢を見ながら、東急社内の規定も整ってくるとニーズの深堀りも進化していくと思っています。