「生成AIラボ」を立ち上げ、2100個以上のユースケースを生み出し形にしていく 大日本印刷株式会社

今回は、日本の印刷業界を代表する総合印刷会社である大日本印刷株式会社(DNP)様にお話を伺いました。

プロフィール

和田 剛(Takeshi Wada)

 情報イノベーション事業部 ICTセンター ICTDX本部 DX推進部 部長

 生成AIラボ リーダー

 ITアーキテクト(主席技術員)

IT アーキテクトとしてさまざまな新規事業立ち上げに関わっ後、2018 年に CCoE 設立。2020年からはアジャイルやAIを含めた全社横断の DX 浸透活動をリード。2023年4月にはコミュニティ・リーダー育成の役割も担っている。2023年10月に生成 AI ラボを設立。2024年からGoogle Cloudエンタープライズ・ユーザー会「Jagu’e’r」 会長に就任。

生成AIに関してアイデアを出し合い、具現化するコミュニティ「生成AIラボ」を立ち上げる

Q:「生成AIラボ」というコミュニティを立ち上げたそうですがそれについて教えてください。

A:ラボというと研究所のようなイメージを持つかもしれませんが、私たちが目指しているのは、研究開発に限らず、会社全体でコミュニティを形成することです。「生成AIラボ」はTeams上のコミュニティで、生成AIに興味がある社員や業務で関わるメンバーが自由に参加できます。このコミュニティでは、メンバー同士でアイデアを出し合い、それを具現化する取り組みを進めています。

また、活動は社内に限らず、DNPのお客様企業にも予約制の物理的な場所である「DNP生成AIラボ・東京」を開放し、ここでディスカッションや完成したデモを通じて新しい価値を創出し、共創を進めています。

Q:「生成AIラボ」を立ち上げた背景を教えてください。

A:昨年の8月後半から9月上旬にかけて、情報イノベーション事業部の経営層などが、生成AIの最前線を視察しました。その際、30社ほどの企業と意見交換を行いましたが、日本では生成AIに対して、精度の問題や日本語対応が不十分だという声があり、導入を見送っている企業が多かったです。

しかし、アメリカでは既に業務やサービスにAIを積極的に活用していました。アメリカでは「技術は急速に進化しており、2週間も経つと新しい技術がすぐに古くなる」、「今はできないことでも、1〜2ヶ月後にはそれが現実化することもある」といった事を考えていたからです。

これを目の当たりにしたとき、遅れや課題にばかり目を向けるのではなく、数ヶ月待てば問題は解決するという前提のもと、業界や業種に合わせたAIの活用方法を積極的に模索していき、そしてプロトタイピングを行い、実際に動く形にすることが大切だと気づきました

そして、9月の頭に日本に帰国し、10月21日に「生成AIラボ」を立ち上げました。12月4日には、「DNP生成AIラボ・東京」として施設をオープンさせました。

「DNP生成AIラボ・東京」の外観イメージ

出典:大日本印刷株式会社(DNP)

考えたユースケースを自分の手で形にできるようにノーコード開発アプリの勉強会を実施

Q:生成AIのユースケースを形にしていくプロセスについて具体的に教えてください。

A:私たちのコミュニティには現在約2800名が参加しており、手を挙げたメンバーが集まっています。経営層から現場のメンバーまで、組織の枠を超えてフラットに意見交換ができる場となっています。

そこから様々なアイデアが投稿され、現在では2100以上のユースケースが存在しています。その中で生成AIラボの中心メンバーが、社内でディスカッションを重ね、実際に動く形でデモやプロトタイプを作成しており、現在までに168個のプロトタイプが完成しています

このプロセスにより、どのようなインプットでどのようなアウトプットが得られるかが明確になり、それを基に顧客とさらにディスカッションを重ね、事業や業務にどのように活用できるかを深掘りしています。

ユースケースのアイデア投稿は『As-Is』と『To-Be』を記載する形式になっており、現状の課題と生成AIで解決したいことが記載されています。この取り組みによって、現場の課題が可視化され、現場の課題がどのように存在しているかが明確になったことは、最大の成果だと考えています。

次に、そのユースケースをどの技術で解決するかについてですが、全体の約45%を占めるのがいわゆるChatGPTに近い、文字生成による解決を目指すものです。逆に言えば、残りの半数以上は画像や動画の生成、音声の生成を用いて課題を解決しようとしているものです。

そしてユースケースを形にするために開発をしていくのですが、2000近くあるユースケースを数名で開発するのは不可能です。そのため考えたアイデアを自らの手で形にできれば良いと考え、ノーコード開発ツールを使用した2時間のハンズオンの勉強会を行なっています

実際に、この取り組みに参加している61%の方々は、今まで一度もプログラミングを経験したことがない方々でした。しかし、そういった方々でも、2時間のハンズオンで全員が自分の考えたユースケースをノーコード開発ツールを使って形にすることができるようになっています。

この経験を通じて、いわゆる非エンジニアの方々が「開発って意外と簡単なんだ」と気づき、それを楽しむようになっています。さらに、ハンズオンを受けた方々が次の研修で講師を務めたり、研修資料を自分たちでわかりやすく更新したりするなど、単なる勉強会にとどまらず、組織の風土を変え、情報を共有しようとする動きが生まれています。これは副産物ではありますが、非常に大きな成果だと感じています。


Q:ノーコード開発ツールで形にした後の流れを教えてください。

A:ノーコード開発ツールを使用した後には2つの流れがあります。1つは、ノーコード開発ツールを使用してとりあえず1つ形にして、イメージを共有します。その後、本格的に実証実験を行ったり、UIを検討したりする際には、Google Cloudなどを用いて作り直します。まず簡単に作り、その後でしっかりと作り込むという流れです。


もう1つは、例えばDNP社内で会議室に忘れ物があった場合、その届け出が手間でなかなか行われないことがあります。そこで、忘れ物の写真を撮ると、その写真から生成されたキャラクターが自動で作成され、届け出た人にコレクションとして貯まる、というアイデアがあります。

このようなデモを、ノーコード開発ツールを使って作り、イメージを共有します。そして生成AIでこのようなことができるのであれば、例えば、スーパーの店頭でペットボトルの回収率を上げるために、写真を撮るとゴミ箱の前にキャラクターが表示されるというアイデアが浮かびます。

また、街中のマンホールや公園の遊具が壊れていないかを住民に写真で報告してもらい、その報告に応じてキャラクターが得られる、というアイデアも出てきます。

このように、ノーコードツールを使って形が作られたアイデアが発展していき、社内業務の改善や新規サービスの開発、事業開発に繋がるヒントとなるような流れもあります。

コミュニティ活性化のために8人の専任メンバーを設ける

Q:生成AIラボのコミュニティについて、専任メンバーや兼任メンバーの役割分担と今後について教えてください。

A:コミュニティは実際の組織ではなく非発令的なものなので、最初は皆が興味を持っていても、時間が経つと忙しさから次第にフェードアウトし、コミュニティとして機能しなくなることが多いです。

そのため、コミュニティを活性化させるために専任メンバーを配置し、勉強会の実施やディスカッションの場を設けています。現在、専任メンバーは8人おり、彼らが開発をリードしつつ、コミュニティ内での情報発信やユースケースの相談を受けるなど、100%コミットして活動しています

その周りには兼任メンバーが十数名おり、DNPの各組織で窓口となり、ユースケースの集約や勉強会の告知などを担当しています。これが生成AIラボのコアメンバーです。

今後もこの8人のコアメンバーを中心にコミュニティを通してアイデアを出し合い具現化していくとともに、社外のパートナーとも共創を進め、新しい価値を開発・提供していきます。