AIは環境に優しい?AIによるテキスト・イラスト生成は人間よりも約100倍以上CO2排出量が「少ない」

研究の背景・目的

AIの進化と懸念

近年、人工知能(AI)は急速に発展して多岐にわたる分野での応用が見られます。しかし、この進化に伴い、AIの環境への影響、特にエネルギー消費や温室効果ガスの排出に関する懸念が高まっています。

AIの環境コストの例

GPT-3のような大規模なAIモデルの訓練は、多大な排出が伴います。GPT-3の訓練は、例えば5台の車の生涯の排出と同等であるとされています。

AIと人間の環境影響の比較

この研究では、AIと人間が同じタスクを行う際の環境への影響を比較しています。特に、書き取りやイラスト作成といったタスクにおいて、AIの環境コストは人間よりもはるかに低いことが示されています。

すべてのタスクや状況でAIが人間よりも環境に優れているわけではなく、AIと人間の協力が最良のアプローチとなる場面も多いと考えられます。そこで、技術や社会の進展により、AIと人間の環境への影響は変化する可能性があるため、慎重な評価が求められます。

実験結果:ライティング

AIによるテキスト生成のCO2排出量推定

AIの文章生成における排出量の計算は、モデルのトレーニングとクエリごとの排出量を考慮します。

先行研究の結果によると、トレーニング段階では、GPT-3の訓練は552トンのCO2を排出し、よりエネルギー効率の良いBLOOMは30トンのCO2を排出します。

モデルのトレーニング以外にも、各プロンプトへの応答も独自の排出フットプリントを持っています。非公式の推定によると、ChatGPTは1日に3.82トンのCO2を排出され、1日10,000,000回のクエリを行うとすると、クエリあたり0.382グラムCO2を生産すると見積もることができる。同様に、BLOOMはクエリあたり1.5グラムを排出すると推定しました。

モデルの再トレーニングの頻度や日々のクエリの数に基づく推定を行うと、ChatGPTはクエリあたり2.2グラム、BLOOMはクエリあたり1.6グラムのCO2を排出する推定されました。これより、AIによるクエリの環境への影響は数グラムCO2程度であることがわかります。

人間のテキスト生成のCO2排出量推定

米国住民の1年間のCO2排出フットプリントは約15トン、これは1時間あたり約1.7kgのCO2に相当します。

文章を書くスピードは作家の平均1時間あたり約300語ベースとし、文章1ページ(約250語)を書く際の米国住民のCO2排出量は約1400グラムのと推定されました。また、インドの1年間のCO2排出フットプリントは約1.9トンであり、文章1ページあたりは約180グラムと推定されます。

さらに、人が1ページの文章を書くのにかかる時間(約0.8時間)でコンピューターが稼働することによる排出量も考慮する必要があります。ラップトップは約0.8時間で27グラム、デスクトップは72グラムのCO2を排出します。

結果の比較

図は、推定したCO2排出量をまとめたグラフです。

この計算結果から、BLOOMが環境に与える影響は、米国の住民に比べて1500倍、インドの住民に比べて190倍少なく、ChatGPTが環境に与える影響は、それぞれ1100倍と130倍少なくなりました。仮定として、AIの文章の質が適切であれば、AIは人間よりもページあたりでCO2排出が大幅に少なくなります。

しかし、AIの導入とその環境への影響は複雑であり、将来的なコストやトレーニングの頻度、人間の役割との関係を考慮する必要があります。

引用元:arXiv

実験結果:イラスト生成

AIのイラスト生成は、主要な画像生成AIであるDALL-E2とMidjourneyについて考えました。

AIによるイラスト生成のCO2排出量推定

DALL-E2の足跡は、GPT-3に依存していることを共有しているため、前章で計算されたChatGPTのCO2排出フットプリントと同じと推定され、クエリあたり2.2グラムです。

MidjourneyのCO2排出量の推定には、AIデータセンターのエネルギー効率を考えます。Nvidia A100 GPUは、400Wの電気を消費しながら、1秒あたり1.25ペタオペレーションを処理できます。MidjourneyのCEO、David Holzのコメントを基に、画像を生成するのに50ペタオペレーションが必要と考えると画像の生成には4.5Whの電力が必要でCO2の排出は1.9グラムと推定できます。

人間のイラスト生成のCO2排出量推定

イラストを制作する平均的な所要時間を推定するために、イラストの平均コストとイラストレーターの時給から、3.2時間/イラストという時間を推定しました。米国に拠点を置くイラストレーターは、1枚のイラストを制作する際に約5500グラムのCO2eを排出すると推定されます。一方、インドのイラストレーターは、1枚あたり約690グラムとなります。

また、人間のイラストレーターがイラストを作成する間(3.2時間)にコンピュータが稼働する場合のCO2排出量は、ラップトップで100グラム、デスクトップでは280グラムです。

結果の比較

図は、推定したCO2排出量をまとめたグラフです。

DALL-E2は米国に拠点を置くアーティストよりも約2500倍、インドに拠点を置くアーティストよりも約310倍、CO2の排出が少ないことが示されています。Midjourneyは、米国のアーティストに比べて約2900倍、インドのアーティストに比べて約370倍、CO2の排出が少なくなっています。

テキストの分析と同様に、人が画像を描くサポートとしてラップトップやデスクトップを使用する場合にも、生成AIの方が環境に与える影響が少なくなります。

考察

これらの結果を踏まえた著者の考察を取り上げます。

①今回の推定は単一の作業を想定している

AIがタスクを完了する際のCO2排出量は、人間が同じタスクを完了するよりも大幅に低いことが示されている。

しかし、特定のタスク、たとえば高度に参照された科学的な記事の執筆や、棒人間の描画など、人間がAIよりも効率的である場面も存在します。

それでも、全体的にはAIの使用は人間の活動と比較して、特定のタスクの炭素フットプリントを大幅に削減する可能性がある。将来の技術や社会の変化、アルゴリズムの進歩、エネルギー使用量の増加など、さまざまな要因がAIの環境への影響に影響を与える可能性があります。

②労働市場への影響

AIのCO2排出量は一部のタスクで人間より低いものの、AIが与える影響は環境だけではなく、労働市場への影響も考慮する必要があります。

先進的なAI技術が普及すると、人間の仕事が置き換えられる可能性があり、これが職の喪失や収入の減少を引き起こす恐れがあります。しかしながら、AIの発展により新たな雇用機会が生まれる可能性もああります。歴史的には、技術の進化に伴い、喪失した職を置き換える新しい雇用が生まれています。

③法的な問題

AIのトレーニングセットとして既存のコンテンツを使用することには、特に著作権が関与する場合、法的問題が存在します。将来、「フェアラーニング」という概念が公正使用として認知されるかもしれませんが、現時点では未定です。

Midjourneyに対する現在の集団訴訟は、AIの法的領域における先例となるかもしれません。Midjourneyが著作権の侵害で責任を負うこととなった場合、企業にとって大きな痛手になると同時に、AIによるイノベーションもストップさせる可能性があります。しかし、AIが著作権のあるコンテンツの使用を許された場合、AI技術の進化を促す可能性があります。

④今後の展望

AI技術の効率向上に伴い、AI生成商品やサービスの需要が増加し、リソース利用や環境への影響が増大する可能性があります。

AIの使用ケースの拡大は、エネルギー需要を増加させるリスクがある一方、AIの進化は環境への影響をさらに減少させる可能性があります。

現在と未来のAIの使用は、社会的変容と損害のリスクを伴うが、持続可能な未来の発展や医学、教育の向上などの社会的利益ももたらす可能性があります。全体として、AIは特定のタスクでの炭素排出を大幅に削減する潜在能力を持つと結論づけられています。

結論

テキスト生成とイラスト生成という、2つの重要なタスクで、AIは人間よりもはるかに環境への影響が低いことが推定されるため、社会のさまざまな分野で重要な役割を果たすことができます。人間と比べてどの程度CO2の排出が削減されるかは、AIの評価時に考慮すべきです。

生成AIと環境問題

昨今、生成AIの進化は、私たちの生活のあらゆる面に影響を与えています。しかし、この技術進化が環境にどのような影響をもたらすのかを理解することは、社会の持続性を考えるうえで不可欠です。

多くのAIモデル、特に大規模なものは、トレーニングと推論の両方で膨大な電力を消費します。しかし今回の研究結果では、テキストとイラストの生成においてAIは人間よりもCO2排出量がはるかに小さいことが示されました。つまり、効率的にタスクを完了するAIの方が環境にやさしい選択として推進される可能性があります。

ただし、これだけでは、環境への影響を完全に無視してAIを進めるという意味ではありません。AIの持続可能性の課題は、エネルギー消費だけではなく、データセンターの建設、ハードウェアの製造、そしてその後の廃棄に関連するものも含まれます。環境への影響を真に理解し、最小限に抑えるための取り組みが必要です。

CO2の排出だけでなく、生成AIによる水の消費に関しても問題になっています。こちらの記事ではChatGPTで消費される水の量について解説しています。

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参考論文情報

  • 題目:The Carbon Emissions of Writing and Illustrating Are Lower for AI than for Humans
  • 著者:Bill Tomlinson, Rebecca W. Black, Donald J. Patterson, Andrew W. Torrance
  • 所属組織:University of California, Victoria University of Wellington, Westmont College, University of Kansas, Massachusetts Institute of Technology
  • URL:https://doi.org/10.48550/arXiv.2303.06219